大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(モ)7885号 判決

債権者 中山政之助

債務者 山本信太郎 外一名

主文

当裁判所が右当事者間の昭和三三年(ヨ)第二、〇二八号職務執行停止仮処分申請事件について昭和三三年六月二三日なした仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は債務者等の負担とする。

事実

債権者代理人は、主文と同旨の判決を求め、その理由として、

「一、債権者は日興自動車株式会社の二万株の株主である。債権者は昭和三一年一〇月二二、三日頃債務者山本信太郎の仲介によつて訴外後藤政道より同会社株式一八、〇〇〇株を、訴外高木ていより同株式二、〇〇〇株をそれぞれ譲り受けた。なお右株券及び日興自動車株式会社の株主名簿の株主名義は同年五月一三日付にて債権者名義に書き換えられている。

二、債務者両名は、昭和三三年二月二六日右株式会社第八次定時総会において取締役に選任せられ、又同日の取締役会において代表取締役に選任せられたものとして、その頃登記されている。

三、然し右定時総会は招集された事実がなく不存在である。従つて債務者両名は取締役に選任された事実はない。

四、以上のとおり債務者両名は取締役及び代表取締役でないのに取締役及び代表取締役として前記株式会社の運営に当り、右会社に回復し得ない損害を及ぼすおそれがあるから、債権者は東京地方裁判所に対し本件の本案判決確定にいたるまで債務者両名の取締役及び代表取締役の職務を停止し、これを代行する者を選任する旨の仮処分命令を申請し、昭和三三年六月二三日債務者両名の職務を停止し(なお、訴外小野正、同田口幾次及び同加藤勘三郎の右会社の取締役の職務停止の仮処分を合せて、)取締役兼代表取締役の職務を行わしめるため日下譲吾を、取締役の職務を行わしめるため荒鷲文吉及び堀川多門を職務代行者に選任する旨の仮処分決定(当裁判所昭和三三年(ヨ)第二、〇二八号職務執行停止仮処分申請事件)を得た。この決定は至当であり、なお維持する必要があるからその認可の判決を求める。」と述べ、なお、債務者両名の自白の取消に対し異議を述べ、債務者両名の主張事実のうち債権者の有する本件二万株が日興自動車株式会社の自己株式であつて、債権者が同会社よりこれを譲り受けた点を否認した。

疏明として、疏甲第一号証、第二号証の一ないし二五、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし四、第五号証ないし第八号証、第九号証の一ないし四、第一〇号証の一、二、第一一号証ないし第一四号証及び第一五号証の一、二を提出し、証人小林吉松、同小野正、同富樫不二雄及び同田口幾次の各証言並びに債権者の本人訊間の結果を援用し、疏乙第一号証の成立並びに第二号証の原本の存在及び成立を認めた。

債務者両名代理人は、「主文第一項記載の仮処分決定を取消す。債務者両名に対する本件仮処分命令の申請を却下する。」との判決を求め、

答弁として、

「一、債権者の主張事実」に対し債権者が日興自動車株式会社の二万株の株主であることは否認する。但し債権者主張のとおり右二万株が株主名簿上債権者名義に書き換えられていることは認める。もつとも債務者は初め債権者が右二万株の株主であることを認めたが、この自白は三で後述するとおり真実に反し錯誤に基くから、これを取消す。

二、債権者の主張事実の二は認める。同三のうち定時総会が招集されなかつた事実は認める。同四に対し本件仮処分決定があつたことは認めるが、その他の事実は否認する。

三、債権者は昭和三一年四月一八日日興自動車株式会社に対する一〇〇万円の債権の代物弁済として、同会社より自己株式である二万株(訴外後藤正道名義一八、〇〇〇株及び訴外高木てい名義二、〇〇〇株)の譲渡を受けたのであるから、債権者の右株式取得はその事情を知ると否とにかかわらず無効である。

仮りに自己株式の点について善意であれば、右株式取得が有効であると解するとしても、債権者は悪意で右株式を取得したから無効である。」

と述べた。

疏明として、疏乙第一、二号証を提出し、証人山下主馬及び同遠山義次の各証言並びに債務者山本信太郎の本人訊問の結果を援用し、甲第八号証、第九号証の一ないし四、第一〇号証の一、二及び第一一号証ないし第一四号証の成立は不知と述べ、その他の甲各号証(第四号証の一ないし四については原本の存在をも含む)の成立を認めた。

理由

一、債権者主張の日興自動車株式会社株式二万株が株主名簿上その主張のように債権者名義に書き換えられたことは当事者間に争がなく、債務者ははじめ右二万株が債権者所有の株式であることを認め、その後その自白を撤回し、右二万株は右会社が後藤正道および高木ていより譲り受けたものをさらに債権者に譲り渡したものであつて、同会社の右譲受は自己株取得の禁止規定に違反し無効であり、また、したがつて債権者に対する右の譲渡も無効であると主張するから、先ず右の自白の撤回が許されるかどうかについて判断する。

成立について当事者間に争のない疏甲第五、六号証ならびに証人富樫不二雄の証言、債務者山本信太郎本人尋問の結果の各一部および弁論の全趣旨によれば

「日興自動車株式会社は富樫不二雄、富樫正秋が相はかり、自動車旅客運送経営の目的をもつてタクシー用自動車の所有主を糾合し、これを株主として設立したものであるがその設立当初においては右の車輛主がその車輛の所有権を会社に移し、会社においてその車輛により営業を経営する形式をとつたけれども、その実体においては車輛主が依然として車輛の所有主であつて、車輛主はその所有する会社名義の自動車により自ら主体となつてタクシー業を営み、会社に対しては毎月単に二五、〇〇〇円の分担金いわゆる名義料を支払うのみの関係にあつた。したがつて、会社に対する株式払込金九〇〇万円も富樫らにおいてこれを他より借入れて払い込んだものであり、株式も全車輛主にこれを割り当てたけれども、全車輛主はこれに対し全然払込をせず、株券もその発行当時より会社に保管されて株主に交付されることなく、車輛主には株主たることの自覚すら全然なかつたものである。

以上の経緯により、その後車輛主が自己所有の自動車を会社その他に売却し会社と営業上の連繋を断つた後は、自己が会社の株主名義人たることに思いを致さず、自己名義の株式について譲渡その他の手続をとることなく、これをそのまま放置し来つた。

債権者主張の二万株もその例外ではない。右二万株のうち一八、〇〇〇株は元後藤正道名義のものであつたが同人は元会社の車輛主であり昭和二六年五月頃その所有自動車を会社に譲渡したもの、また内二、〇〇〇株は株主名簿上元高木ていのものであつたが、同人も元会社の車輛主であり、その後その所有の自動車を知久四郎に、知久は昭和二七年五月頃これを会社に各譲渡したものである。そうして後藤及び高木ともに自動車を譲渡した後においてもその株式は依然として同人らの名義であつて、昭和三一年五月一三日付で同人らより債権者に名義を書き替えられた。」

という事実が疎明される。

以上の事実によるときは、日興自動車株式会社の車輛主名義の株式が果して何人の所有であるかについては疑なきをえないが、車輛主がそれぞれその名義の株式の株主であることについては、弁論の全趣旨により当事者間に争がないと認められるから、これ以上ここではこの点のせんさくをしない。しかし、以上の経緯から窺われるように、右会社の株式が車輛主に割り当てられたのは、その車輛が会社名義とされたためであつて、車輛はいわば株式の裏付をなすもの、すなわち車輛則株式ともいうべき関係にあつたといつて差し支えなく、したがつてかかる関係にある車輛につき譲渡が行われたときは、他に特段の事情がないかぎりその裏付をなす株式をも譲渡したかあるいはその処分を車輛の譲受人に任せたものとみるを相当とするのであるが、その株式について株券の交付および裏書または譲渡証書の添付が伴わないときは、むしろその株式の処分を車輛の譲受人に一任したとみるべきである。しかるに、前記後藤正道および高木ていが各その所有する自動車を会社または知久四郎に譲渡するにあたり、その名義の株式について株券に裏書をしてこれを会社等に交付し、または譲渡証書を添付して株券を会社等に交付した事跡はないから、右両名はその所有自動車を譲渡すると同時に会社に対しその名義の株式の処分を一任したものと解するを至当とする(なお、高水は知久にその所有自動車を譲渡し、知久はさらにこれを会社に譲渡したが、このことは、高木名義の二、〇〇〇株の株式の処分を右と同様会社に一任したものと解するに妨げとはならない。)この解釈は、会社は通常自己株取得のごとき法禁の行為をしないとみるを相当とする立場からも妥当とすべきである。(のみならず、当裁判所は、会社が無償で自己株式を取得することは法の禁ずるところでないと解する)。以上に反する証人富樫不二雄および債務者山本信太郎の供述は当裁判所これを採用せず、他に債務者主張の事実を肯定すべき資料はない。(なお、債権者には本件二万株が会社の自己株式であることを認めているかの疑をいだかせる主張があるが、口頭弁論の全趣旨からみればこれを否認していることが認められる。)とすれば、債務者の自白の撤回の許されないことは当然であつて、債権者がその主張の二万株の株主であることは、当事者間に争のない事実であるといわなければならない。

二、日興自動車株式会社の第八次定時総会が昭和三二年二月二六日招集されなかつたことは当事者間に争がなく、したがつて同日債務者両名が同会社の取締役に選任された事実がないことは明らかである。右認定のとおり債務者両名は右会社の取締役に選任されたことがないにもかかわらず、債務者両名は取締役兼代表取締役として、同会社の業務の運営に当つていること(この事実は当事者間において明らかに争はないところである)は、同会社に回復し得ない損害を及ぼすおそれがあるものと推定できるから、債務者両名の取締役及び代表取締役の職務を停止し、これを代行する者を選任した本件仮処分は相当であつて、なお、これを維持する必要がある。もつとも、債務者山本信太郎は昭和三一年二月二五日以前において右会社の取締役兼代表取締役に適法に選任されたことは当事者間に争なく、従つて債務者山本は現在においても取締役兼代表取締役の権利義務を有していること成立について当事者間に争ない疏甲第一号証により明らかであるが、右の事実が同人の前記職務執行を停止する妨とならないことは商法第二五八条の法意に照し明らかである。

三、よつて本件仮処分は相当と認めてこれを認可し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 上野宏 中野辰二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例